おもてなし

加賀屋の先代女将 小田孝が心を語る「元気でやってるかい」

03.わくら、わくらと家なら七ツ…。

ふりしきる雪の中でも
海の中から湯けむりのぼる

加賀屋の料理イメージ

味のおもてなし

【祝儀肴】
数の子 黒豆松葉打ち たたき牛蒡 田作り

今から約千二百年前の大同年間、薬師岳の西麓に湯が湧きだしたのが、和倉温泉の幕開けといわれています。その後、噴出口はふさがれてしまいましたが、約九百年前の永承年間の大地震により、今度は海の中に熱い湯が噴きだしたといわれています。当時の里人を震えあがらせた大地震も、その後の人にとっては、“災い転じて福”となったわけです。

ふりしきる雪の中でも、海のそのあたりだけは、湯けむりをあげていたのではないでしょうか。そういう風景を思い描いてみますと、能登島に波をさえぎられた湯の涌く浦(湧浦わくら)は、海そのものが大きな湯槽のようなものであったのでしょう。

湯は、陸から百㍍余りの海中に湧きでているため、小舟に乗ってそこまで行き、湯をくみとって湯治に利用していたといいます。男衆の中には、海を湯舟にしてプカリプカリと大の字に浮かび、大漁節などをうなる気楽な人もいたんでしょうね。

江戸の初め頃、藩の命令で、町奉行・石黒覚左衛門さんが、湯の噴出口の四方を石で囲み、その周囲十間余りに土を盛り、湯島をつくったそうです。島に草屋根の小屋を建て、その中に湯槽を置き、小桶で湯をくみいれ、海の水で薄めて入浴したといわれています。

今から見ますと、おかしいような、羨しいような話でありますが、楽しみの少なかった当時の下々の民にとりましては、何よりのくつろぎの場であったことなのでしょうね。

湧浦の名は、近郷近在に口から口へと伝わって、年ごとに湯治客が増えていきました。人が賑わえば、自然のなりゆきのように、湯治場から遊び場への色彩が強くなっていくものでして、それは、今も昔も変わらないようです。

それを抑えるために、藩は、庄五郎さんなる人に温泉の支配権を与えて湯番徒としました。湯番徒は湯税の取り立てをする税吏のようなもので、湯へ入る者から入湯金を取り、後には、病気の治療以外では入湯をさせないというような厳しい取り締まりもしたそうです。この湯番徒制度は、明治の初めまで続きました。

自然からの贈物であったはずの熱い湯を、権力に握りしめられ、当時の人は憤懣やるかたないものがあって、当時のことだったのでしょうね。

 面のにくいやっぁ
 小島の湯番徒
 海へけこめや二十日のやみに
 あげるふりして
 またけこめ


などという凄まじい唄も残っているほどです。

能登の国の和倉の湯は
庶民の温泉気分を堪能させた

江戸の終り近くに、湯島と板橋でつないだため、舟で渡る不便はなくなりました。粋な女衆と相合傘で、かろうじて二人歩ける心細い板橋を渡って行く浮世絵のような情景が浮かびますが、現実にはどんなもんだったんでしょうね。また、陸との百㍍余りのへだたりも少しずつ埋めたてられて、半分位になっていたそうです。当時すでに、埋めたてをなされた先覚の方がいらっしゃったのでしょうか…。

その頃、『たる湯』といって、四斗樽に和倉の湯をいれて、江戸、京、浪速へと運んでいたそうです。なかなかの評判で、高値で取り引きされ、湯屋では『能登の国、和倉の湯』などと大いに宣伝し、珍しいもの好きの庶民の心をくすぐり、また、湯治の好きな庶民の温泉気分を堪能させたそうです。今、東京や大阪からいらっしゃるお客様の血の中に、遠い昔のじじ、ばばさまのあこがれが知らぬまに流れているといえば、少し考えすぎでしょうか。

一般の里人のものだった湯治場も、後にはサムライも来るようになって、なかなかの繁盛ぶりで、それに応じて随分と整備されていったようです。

明治になり、藩の後楯を失った湯番徒・庄五郎さんの力も弱まりましたので、和倉村は手切銀、二十貫文で湯の権利を二百五十年ぶりで取り戻しました。その後、住民四十四人で資金を出し合い、『鉱泉営業組合』を設立、元湯を自分達で管理、経営しはじめました。

 湧浦湧浦と家なら七ツ
 島に湯が出にゃ 誰いこや


という里唄にあるように、戸数わずか七軒の小村は、人の行き通う用もないところであったのでしょうが、天恵の温泉が湧きいで、その上、自然の景勝の地という環境にいだかれ、今日、海の温泉地として繁栄していることは、自然の恵みもさることながら、先人の努力のたまものであって、まことに感謝にたえないことであります。

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